東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)15号 判決 1983年3月16日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 河原昭文
被告人 事院
右代表者総裁 藤井貞夫
被告 国
右代表者法務大臣 秦野章
右被告両名指定代理人 江藤正也
<ほか五名>
参加人 乙山春子
主文
一 原告の被告人事院に対する訴えを却下する。
二 原告の被告国に対する請求を棄却する。
三 参加人の本件参加申立を却下する。
四 訴訟費用中参加によって生じた部分は参加人の負担とし、その余は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告人事院が原告の国家公務員法九〇条に基づく昭和四五年一一月一六日付審査請求に対し、相当の期間内に判定をすべきにもかかわらず、これをしないのは違法であることを確認する。
2 被告国は原告に対し金三五万円及びこれに対する昭和五五年七月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告ら)
1 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(被告国)
3 担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は神戸大学教養部講師(文部教官)であったところ、昭和四五年一〇月一六日、同大学長事務取扱戸田義郎より国家公務員法八二条一号ないし三号に基づき懲戒免職処分を受けた。
2 そこで原告は右処分につき、同年一一月一六日被告人事院に対し、国家公務員法九〇条に基づき審査請求(以下「本件審査請求」という。)をした。
3 ところが、被告人事院は、本件審査請求に対し直ちに事案を調査し、速やかに判定をすべきであるにもかかわらず、なんらの判定をしない。
4 原告は、被告人事院の右の違法な不作為により、長期間精神的にも極めて不安定な状態に放置され、その間筆舌に尽し難い程の精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇〇〇万円を下回らない。
5 よって、原告は、被告人事院に対し、同被告の右不作為の違法の確認を求めるとともに、被告国に対し、国家賠償法一条に基づき、右慰謝料一〇〇〇万円の内金三五万円及びこれに対する昭和五五年(ワ)第六三四〇号損害賠償請求事件の訴状送達の日の翌日である昭和五五年七月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告人事院の本案前の主張
被告人事院は、昭和五七年三月二六日付で本件審査請求につき判定を行った。したがって、原告の被告人事院に対する訴えは、訴えの利益が消滅した。
三 被告人事院の本案前の主張に対する原告の答弁
被告人事院が昭和五七年三月二六日付で本件審査請求につき判定を行ったことは認めるが、右判定は誤った形式的な判定であって、予め解体している。
四 請求の原因に対する認否
(被告人事院)
1 請求の原因1及び2の事実は認める。
2 同3の事実中、被告人事院が昭和五七年三月二六日まで本件審査請求につき判定を行わなかったことは認めるが、その余は否認する。
3 同4の事実中、被告人事院に関する部分は争う。
(被告国)
1 請求の原因1及び2の事実は認める。
2 同3の事実中、被告人事院が昭和五七年三月二六日まで本件審査請求につき判定を行わなかったことは認めるが、その余は争う。
3 同4は争う。
五 被告らの主張
1 前記のように、被告人事院は、昭和五七年三月二六日付で本件審査請求につき判定を行った。
2 右のように、本件審査請求につき、被告人事院が昭和五七年三月二六日まで判定を行わなかったのは、次のように専ら原告側の責めに帰すべき事由によるものであって、被告人事院の責に帰すべきものではなく、よって違法ということはできない。
(一) 口頭審理打切りに至る経緯
本件審査請求に関する調査のため、被告人事院の公平委員会(以下「委員会」という。)は、請求者(原告をさす、以下同様である。)の居住する神戸市において、昭和四六年七月一九日から五日間の予定で集中公開口頭審理(以下「審理」という。)を行うこととしたが、以下に述べる経過をたどり、請求者及びその代理人ら(以下併せて「請求者ら」という。)の責めに帰すべき言動より正常な審理を行うことができず、同月二三日やむを得ずこれを打ち切ったものである。
(1) 審理第一日目(昭和四六年七月一九日)、請求者らは、公平委員長(以下「委員長」という。)の審理指揮に従わず、審理が開始されるや、処分者たる神戸大学長を審理に出席させよ等、なんら審理の実質に関係のないいわゆる前提問題について委員会に請求者らの希望する諸措置の実施を迫り、これに対する現行制度及び正常な審理手続を踏まえた委員長の常識的・合理的な説明にもかかわらず、請求者らはこれを全く理解しようとせず、委員長の審理指揮にさからって一時間以上もその主張に固執して発言を繰り返し、また、審理期日の設定についても請求者の希望に沿って行われたものであるにもかかわらず、審査請求の日から八か月を経過しているのは不当であると非難したりした。そして、休憩後(午後)の審理においても、請求者らは冒頭から午前と同様の主張を繰り返し、こもごも難解な用語を振り回して委員会の審理を妨害し、結局この日は冒頭において行った所要の書類の受領の確認にとどまり、同日の審理を終了した。
(2) 第二日目(七月二〇日)の審理は、前日の請求者代理人の申入れに基づき当事者双方の代理人の自己紹介から始められたが、請求者代理人の自己紹介の過程で、請求者と全く同一の住所・職業・氏名を名乗る者がいて、これにつき疑問を持った委員会が同人に質したところ、同人は「俺が甲野太郎でないことを証明しろ。」と逆に抗議し、これに同調して他の請求者代理人らが野次をとばすなど正常な審理の進行を拒否する態度をとった。そこで、委員会は審理を軌道に乗せるため一旦休憩をとり、休憩時間中に請求者本人を呼んで注意を与え、更に、休憩後の午後の審理の初めに委員長は審理打切りの警告を発して再開した。審理は、請求者代理人選任届の追加提出、自己紹介の続行により正常化されるやにみえたが、まもなく「かっこつき甲野太郎」と自己紹介する者が続いたことから再び紛糾し始め、委員長の努力にもかかわらず、請求者側は再び前日来の前提問題等を勝手に発言する状態にたち戻ってしまった。この間、請求者代理人乙山春子が傍聴席でパンを食べ始めたので委員長が注意すると他の代理人ともども委員長に執ように抗議し、かえってパンを請求者代理人の間で回し食いにするなど委員長の審理指揮に反抗する行動に出、審理の続行は到底不可能な状態となったため、午後二時三〇分ころ委員長は審理の打切りを宣言した。
(3) しかし、委員会は、打切りの直後から請求者を控室に呼んで打切りの意味するところを伝え、その反省を促すなど努力した結果、午後六時過ぎころに至り、ようやく請求者らは、審理指揮に従い直ちに実質審理に入ることとの委員長の示した条件を検討してみるとして解散した。その後、午後九時ころ請求者は右条件を受け入れ、これを誠実に遵守することを確約するに至ったので、翌二一日処分者側の了解を取り付け、同月二二日から審理を再開することとした。
(4) 審理第三日目(七月二二日)、委員長は、審理の開始に先立って行った打合せにおいて、審理再開の条件の遵守につき重ねて請求者側の確約をとり、更に審理の冒頭でもこの条件の遵守が審理再開の前提である旨告げるなどして、委員長の審理指揮に従うことが審理の進行に不可欠の条件であることを強調して審理を再開した。しかし、請求者は控室にいながら審理に出席せず、出席を促されても、学長が出席しないことに対応して出席しないとか、「かっこつき甲野太郎」と名乗る者が多数出席しているので自ら出席する必要はないとする奇矯な態度に出、一方、審理では、請求者側は、審理が処分者側の処分弁明の場となろうとしているなどと依然不可解な主張を長々と述べ始めた。そこで、委員会は進行について合議するため休憩をとり、約一〇分間の休憩後委員長の強い審理指揮によりようやく処分理由についての委員会の求釈明に入った。
(5) 第四日目(七月二三日)の審理も請求者は前日と同様出席を拒否する行動をとり、委員長が前日に引き続いて処分理由についての委員会の求釈明を行おうとしたところ、「かっこつき請求者」と自称する者が処分者側に釈明を求めたいと申し立て、それは委員会からの求釈明が終ってからにするようにとの委員長の審理指揮に対して、第三者には理解し難い自分らにしか通用しない不可解な理屈で執ように抗議し、そのうち代理人席で突然起立挙手して無言のまま傍聴席に入りそのまま同じ姿勢をとり続ける奇矯な行動をとり、また、他の請求者代理人らも許可なく勝手に発言して意味不明の主張を執ように行い、審理は委員長の審理指揮を無視したこれらの審理妨害行為により収拾のつかない状態となった。そこで、委員長はとりあえず休憩をとることにし、このような状態が続けば再度審理を打ち切らざるを得ない旨警告した。しかし、再開後も請求代理人の一人が本件事案と全く関係のない他大学での処分理由について処分説明書の朗読を始め、委員長が制止しても「徳島大学も岡山大学も神戸大学も同じだ、公平委員会も自分の委員会も神戸大学の委員会もみんな同じだからこれを読んでも差し支えない。」と述べて読み続けるなどし、これに他の者も呼応して審理を混乱状態に陥らせたので、委員会はもはや審理の続行は不可能と判断し、午後一時四〇分過ぎこれを打ち切った。
(一) 口頭審理打切り後の被告人事院又は公平委員会の対応並びに原告の態度
(1) 委員会の審理にあたっては、前記五2(一)のように請求者又はその代理人らが委員長の審理指揮に従わず再三にわたって妨害行為を行えば、審理の続行はもはや物理的に不可能であり、委員長はこれを打ち切るほかはない。しかして、右のような本件審理妨害の態様、経緯に徴すれば、原告は審査請求権を著しく濫用したものであるので、被告人事院は、この段階で本審査請求を却下するとの案も含め本件請求事案の処理方針について検討を重ねたが、職員に認められた不利益処分に係る不服申立ての権利を最大限配慮して却下は不相当と判断し、また、審査請求に係る事案の調査は、処分を受けた職員から公開による口頭審理の請求があったときはその方式により行うことが義務づけられているため(国家公務員法九一条二項)、本件審査請求を書面審理に切り替えて所要の調査を行い早期に判定することについても制度上疑義があり、仮に書面審理に切り替えることができるとしても、そうまですべき義務のないことは明らかであるのみならず、審理における原告の姿勢から判断して、あえて前例のない書面審理に切り替える措置までして判定を急ぐ必要が認められるような事案ではないことも明らかなので、原告の反省を待って審理の再開を考慮することとした。
(2) 右打切り以後昭和四八年四月までの間、原告は委員会に対し審理再開の要請を五回にわたり行った。委員会はこれを慎重に検討した結果、打切り後間もない時期の要請に対しては、先の審理が一度ならず二度までも打切りになった経緯、特に請求者側が、委員長の審理指揮に従い、事案の実体的調査に協力することを何度も確約しながらすぐにこれを反古にして奇矯な言動に出、審理を妨害した事実及び申入書の文面に現れた原告の独善的な態度を考慮し、この申入れに直ちに応ずることは適切でないと判断した。また、その後についても、審理再開要請申入書の文面上に全く反省の色が見えないのみか、かえって、審理を再開しなければ自己が被告になっている裁判の証人に委員長を申請すると脅し、現にそれを実行し、また、審理の際自己の控室として借用した部屋の使用料を支払わず、これを既得権として今後全国的に公表、応用するつもりであるなどと述べたりしていた。
(3) 昭和四八年五月以後も原告及び請求者代理人から数回手紙が届き、また、請求者代理人が被告人事院を訪れたこともあったが、その際、自らをn本とか石田とか、ときには片山恵子といったように奇妙な名を名乗ったうえ、こもごもわけのわからない主張を行い、あるいはまた、「n円を送ります。」といって一円硬貨を郵送してきたり、「この文章はn円の商品券でもあります。」と書いてくる等その言動は以前にも増して常軌を逸したものであった。
(4) 以上のような審理時となんら変らない全く不真面目で常軌を逸した原告の態度から、審理を再開したとしても、結局再び前述(被告らの主張2(一))と同様の事態に陥ることが容易に予見されたため、被告人事院は本件審理の再開に踏み切ることができなかった。
(三) 口頭審理を再開するに至った事情及びその経過
(1) 原告は、本訴において「東京地裁における昨年以来の審理への私の参加の仕方がそのまま今後の人事院審理……に持続する。」旨供述し、更に、昭和五六年五月一九日付人事院事務総局公平局首席審理官の回答文書に対しては「本件との関連で、本日の公判を経てお答えする。」旨供述したうえ、第一〇回口頭弁論期日(昭和五六年九月一四日)において、右と同旨の陳述を行ったことから、被告人事院は原告の態度に一定の変化があったものと判断し、審理を再開すべく、同年一〇月六日、公平委員の補充指名を行い、これを審理の両当事者に通知した。
(2) 委員会は、速やかに審理を実施するため両当事者の都合を照会したうえ、同年一一月四日から六日までの三日間神戸市において審理を実施することを決定し、通知した。
(3) 右審理期日においては、処分の理由及びこれに対する不服の理由を明らかにする手続を概ね終了し、処分者から証拠調べの申請(書証の提出)があった委員会は原告の証拠申請を促し、次回審理期日を両当事者の都合を聞いて、同五七年一月二七日から二九日までの三日間と決定し、審理を行った。
(4) 以上の経過を経て、被告らの主張1記載のとおり、被告人事院は同年三月二六日付で本件審査請求につき判定を行った。
六 被告らの主張に対する原告の認否
1 被告らの主張1の事実は認める。
2(一) 被告らの主張2(一)冒頭の事実中、神戸市において昭和四六年七月一九日から五日間の予定で審理を行うことになったことは認め、請求者らの責めに帰すべき言動より正常な審理を行うことができず、やむを得ずこれを打ち切ったとの点は否認する。
(1) 同2(一)(1)のうち、昭和四六年七月一九日冒頭のいわゆる前提問題が審理の実質に関係ないとの点は否認する。
(2) 同2(一)(2)のうち、同年七月二〇日の審理で自己紹介が行われたこと、請求者代理人の乙山春子がパンを食べたこと、審理が打ち切られたことは認める。
(3) 同2(一)(3)のうち、同年七月二二日から審理が再開されることになったことは認める。
(4) 同2(一)(4)のうち、同年七月二二日の審理に請求者(原告)が出席しなかったことは認める。
(5) 同2(一)(5)のうち、同年七月二三日の審理で請求者(原告)が出席を拒否する行動をとったとの点は否認する。原告は兵庫県警察本部(以下「兵庫県警」という。)から出席を阻止されていたのである。
(二)(1) 同2(二)(1)のうち、請求者又はその代理人らが再三にわたって妨害行為を行ったとの点は否認する。
(2) 同2(二)(2)のうち、昭和四六年七月二三日の審理打切り以後同四八年四月までの間、原告が委員会に対し審理再開の要請を五回行ったことは認める。
(3) 同2(二)(3)のうち、同四八年五月以後も原告が審理再開の要請を行ったことは認め、原告及び請求者代理人の言動が常軌を逸していたとの点は否認する。
(4) 同2(二)(4)のうち、原告の態度が不真面目で常軌を逸していたとの点は否認する。
(三)(1) 同2(三)(1)ないし(3)のうち、昭和五六年一一月四日から六日、同五七年一月二七日から二九日、それぞれ被告人事院の審理が行われたことは認める。
(2) 同2(三)(4)のうち、被告人事院が同五七年三月二六日付で本件審査請求につき判定を行ったことは認める。
第三証拠《省略》
理由
一 被告人事院に対する不作為の違法確認の訴えについて
原告は、被告人事院が本件審査請求に対し判定を行わないことが違法であるとしてその確認を求めるものであるところ、被告人事院が昭和五七年三月二六日付で本件審査請求に対し判定を行ったことは、当事者間に争いがない。してみると、右判定の当否はともかくとして、少なくとも本件不作為の違法確認を求める訴えは、その対象たる不作為状態が消滅したことになり、したがって訴えの利益も消滅したことに帰するから、却下を免れないものというべきである。
二 被告国に対する損害賠償請求について
1 原告が被告人事院に対し、昭和四五年一一月一六日、本件審査請求を行い、同四六年七月一九日から五日間の予定で神戸市で審理が行われることになったこと、しかし、同月二〇日審理が打ち切られたこと、同月二二日審理が再開されたが、同月二三日再び打ち切られたこと、その後昭和五六年一一月四日に再開され(同月六日まで)、同五七年一月二七日から同月二九日までそれぞれ審理が行われたこと、同年三月二六日付で被告人事院が本件審査請求につき判定を行ったことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 原告は、被告人事院が本件審査請求について長期間判定を行わなかったことは違法である旨主張するので、まずその当否について検討する。
前示争いのない事実と《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(一) 昭和四六年の審理が打切りとなった経緯
(1) 七月一九日(審理第一日目)
午前一〇時ころ、委員会は請求者側及び処分者側の双方を呼んで審理日程の割振り、審理の秩序維持についての協力要請、傍聴席等について打ち合わせを行った。請求者代理人の坂本守信(以下「坂本代理人」という。)らは、これに対し特に異議を述べることはなかった。
午前一一時ころから審理が開始されたが、冒頭請求者は、①神戸大学の構内をめぐりながら審理してもらいたい、②審理に神戸大学の戸田学長が出席しないのは不都合であるから、出席するように命令を出してもらいたい、③請求者の代理人になっている上原孝仁が兵庫県警に勾留されているが、同人は重要な証人でもあるので、兵庫県警なり神戸地方検察庁に釈放の要求をしてもらいたい旨の要望を出した。これに対し委員長は、①については、検証の必要が出てくれば証拠調べの段階で行う、②については、審理の制度上、処分者本人は必ずしも出席しなくてもよいので、この段階で学長に出席するように命令は出せない、しかし、必要が出てくれば、命令は出せないが出席を要請することはありうる、③については、現段階で上原代理人をどうしても出席させる必要があるとは思われない、立証段階になって証人としてどうしても必要だということであれば、そのときは勾留されている場所へ行って証人調べをすることは考えられるが、現段階では必要ないのではないか、との説明を行った。この説明に対し請求者側は納得せず、発言許可も受けずに、請求者代理人らがこもごも長々と抽象的な独特な理論を振り回し、また、傍聴席からもこれに同調する発言が出て騒然となった。その発言の中には、審理の日程は請求者の希望に沿って決められていたのに、「審査請求を行ってから八か月もたって審理が始まるのはけしからん」という趣旨のものもあった。委員長は発言を何回も制止したが、請求者代理人及びこれに同調する傍聴人はこれに従わず、やむなく委員長は休憩を宣言した。
約一時間の昼休みの後審理は再開されたが、午前中と同様の三つの要望をめぐっての応酬に終始し、当日は実質的な手続に入れなかった。
午後五時すぎころ、委員長は、「本日のような問題は打ち切って明日は本案に入るから、ぜひ協力してもらいたい」と強く要望して、第一日目の審理を終えた。
(2) 七月二〇日(審理第二日目)
前日の審理の際、請求者代理人が発言の際に名前を言わず、また、着席表どおりでなくばらばらに着席していた等の理由から、冒頭自己紹介を行った。処分者側は五分くらいで終了したが、請求者側の代理人の自己紹介にはいったところ、学生である代理人が、氏名、住所、職業とも請求者と全く同じに自己紹介を行った。これに対し委員長が、これは選任届に載っていないから代理人とは認められない旨述べたところ、その学生は選任届に甲野太郎と書いて、住所、職業も請求者と全く同じことを書いて持ってきた。そこで委員長が、同姓同名の人もいないことはないだろうが、住所も職業も同一ということは大いに疑わしい旨質したところ、その学生は、「そうでないことを委員会の方で証明しろ。」とか、「お前が俺でないことを誰が証明するのか。」等の発言を行った。この点に関連して発言の許可を得ないで発言する者もいたが、午前中の審理はこの学生と甲野太郎との同一性の問題で終始し、委員長はこういう状態では審理できないから打ち切ることもある旨の警告を与えて午前中の審理を終了した。
午後の審理は、自己紹介が残っていたのでそれを継続したところ、午前中の甲野太郎と自称した人とは別の人が「<甲野太郎>」と書いてある選任届を提出したので、委員長がこのかっこはどういう意味なのかと質問したところ、その男はかっこの意味が分らないような公平委員は審理できないのではないか等々の発言をした。
そのような応酬のうちに、請求者代理人の乙山春子が傍聴席でパンを食べ始めた。委員長は、ここでパンを食べてはいけない、食べるのなら退室しなさいと注意したところ、「これは生命を維持するための基本的人権である。」とか、「委員長はどこで食べるのか。」等、乙山代理人だけでなくほかの請求者代理人らもこもごも許可なく発言して混乱した状態となり、そのうちに今度はそのパンを請求者代理人間で回し食いにする事態が生じ、委員長はとても審理を進めることができないと判断し、午後二時三〇分ころ審理を打ち切った。この混乱の間、請求者は騒いでいる者らに対してこれを制止するようなことはなかった。
右打切り後間もなく、委員会は請求者にもう一度機会を与えてやることとし、審理打切りの意味や再開するためにはどうしたら良いかということなどを説明しようと考え、書記に請求者を呼びに行かせた。委員会としては、請求者一人かせいぜい二、三人で来てもらいたいと思っていたが、実際には請求者のほかにその代理人が全員と傍聴人も加えて何十人もの人が押しかけてきて、審理を打ち切ったことに抗議した。学生や代理人がこもごも審理を打ち切ったのはけしからん、直ちに審理を再開しろというので、委員長が打ち切った理由を説明すると、上原代理人の釈放要求をしないのかとか、学長を呼べとか発言して委員会を糾弾した。その際「パンぐらいいくらでも食ってやらあ。」、「弱い者が追いつめられたときに暴力を使うのはジャスティファイされる。」と言う者もいた。このときは、請求者自身も「委員会が審理を再開しないのなら学生が何をするかわからない、そうなったら委員会の責任だ。」と発言した。こういう状態が午後三時ころから同六時すぎころまで続き、その間公平委員が便所に行くにも学生がついてきた。
午後六時ころ、委員会は、①審理の指揮に従うこと、②直ちに本案の審理に入るよう協力すること、の二点を約束することを条件に、審理を再開することに努力する旨提案した。これに対し請求者側は、即答はできないが午後九時ころに連絡すると言って委員会控室から引き上げ、同時刻ころ請求者本人から電話で、前記二条件は了承するから再開の方向に進めてもらいたい、学生は慣れていないので礼儀の悪い点もあったが、そこは了解してもらいたい旨の連絡があった。そこで委員会は明日は無理だが明後日にも再開する方向で努力しようと回答した。
(3) 七月二一日
委員会は昨日処分者側と連絡がつかなかったので、朝あらためて神戸大学に連絡した。処分者側は当初審理再開を渋っていたが、午後四時ころ、再開には応ずるが、前と同じような事態は起こさないという確証をとるよう要請してきた、委員長は、確証はとれないが委員長の責任で行うのだから再開に応じてもらいたい旨説得し、人事院にも連絡をとって翌七月二二日午前一〇時に再開することを決めて、当事者双方に連絡した。そして、同日同時刻からまず審理の打ち合わせを行うことにした。
(4) 七月二二日(審理第三日目)
審理に入る前に、委員会は審理を再開するについての二条件の遵守を再確認するために請求者を呼んだが、請求者本人はこれに応ぜず、坂本代理人が来た。委員会は再度請求者本人が来るように呼びにやったが、控室にはいるものの請求者はこれに応じなかった。そこで委員会はやむなく坂本代理人と打ち合わせを行い、委員長の審理指揮に従うこと、直ちに実質審理に入ることの審理再開の二条件を確認し、同代理人は特にそれに異議を述べるようなこともなく、尊重する旨回答した。午前中は、請求者が打ち合わせに来るように説得したり、坂本代理人との打ち合わせで時間が経過した。
午後一時ころから審理が再開されたが、請求者は控室にいたにもかかわらず審理に出席しなかった。委員会は請求者に対し出席するように説得を行ったが、同人は「甲野太郎はたくさんいるから自分は出る必要がない。」などと言って出席しなかった。
審理が始まったが、請求者側は全く審理指揮に従わなかった。学生は、委員長がいくら制止しても耳を貸さず、「処分者側の代理人を選任した経過を述べろ。」、「足立が委員長になった経緯を述べろ。」などと、長時間にわたって発言を続けた。処分者側からは、約束が違うから、委員会は即刻なんらかの処置をとって欲しい旨の異議が何回も出された。これに対し請求者側から「おまえはいくらもらって来ているのか。」、「選任された経緯はどうだったのか。」などの発言がなされ、このような状態が約一時間続いた。そこで委員長はなんらかの処置をとるために合議することにして、休憩を宣言した。委員会の合議の結果は、これ以上前と同じことを繰り返されるのであれば審理を打ち切らざるをえないというものだった。
午後二時一〇分ころから審理を再開したが、委員会から処分者側に対し、請求者に対する処分の処分手続等について求釈明を行って、同五時五分ころ当日の審理を終了した。
(5) 七月二三日(審理第四日目)
審理開始前に男性の請求者代理人が、請求者が全代理人を解任する旨の書面が床に落ちていたと言って持ってきた。委員長が、正式に提出するのかと尋ねたところ、その代理人はエンゼルが持ってきたとか風の便りに聞いたとか言ってまともな返事をしなかったので、委員長は正式なものとして受理できない旨を述べて右書面を同代理人に返した。
審理が始まると、坂本代理人から処分者に対して求釈明したい旨の申し出があり、これに対し委員長は、委員会からの求釈明が終ってから請求者の方で申し出た求釈明を委員会を通じて行う手続になっているから後にして欲しい旨説明したが、同代理人は今やらなければ全部無効になってしまうというようなことを難解な言葉で言った。委員長は発言の意味が分らないから、とにかく後にして欲しいと言ったが、その間に学生の請求者代理人が発言を求め、長時間にわたり意味不明のことを述べた。
そのうち、坂本代理人が右手を上げて出てきたので、委員長が「どこへ行くのか、勝手なことはやめて下さい。」と制止したが、同代理人はそのまま傍聴席に入った。委員長が「傍聴席からの発言は許可しない。」と言ったら、同代理人は手を上げたまま「黙秘します。」と述べた。他の請求者代理人から委員会に対し、坂本代理人が手を上げて黙秘していることの求釈明があり、それが分らないような委員会は審理する資格がない旨の勝手な発言があり、審理会場は収拾がつかないような状態になったので、委員長は、こういう状態では審理できないから打ち切ることも考慮する旨警告して、少し早めに昼休みに入った。
午後の審理が始まると、冒頭請求者代理人である徳島大学の山本光代が、求釈明したい旨発言した。委員長は「後にしてくれ。」と許可しなかったが、山本代理人はこれを無視して同代理人が徳島大学から処分を受けたときの処分理由書を読み始めた。委員長は「本件に関係がないから許可しない。」と制止したが、同代理人は「徳島大も岡山大も神戸大も同じなのだ。公平委員会も、自分の委員会と神戸大の委員会と皆同じなのだから、これを読んでもさしつかえない。」と言って、読むのをやめなかった。委員長はさらにこれを制止したが、この審理指揮に対し「それを読ませないのはけしからん。」、「委員会は公平でない。」などと他の請求者代理人らがこもごも発言して抗議し、審理会場はまたまた収拾がつかない状態となった。委員長は静粛にするように制止したが、二、三分しても治まらなかったので、午後二時少し前審理を打ち切った。
(二) 昭和五六年に審理が再開されるまでの経過
(1) 神戸から帰って、委員会は人事院に審理の経過を報告するとともに、なんとか審理することができないかを何回も検討した。また、口頭審理の請求を放棄したものとみなして、書面審理に切り替えて直ちに判定を出すことの当否も検討した。しかし、それまでの請求者側の対応の経緯を考慮すると、口頭審理を再開してもまた混乱することが予想されるし、さりとて、別件を多数かかえている人事院の実情の中で、本件を制度上疑義の残る書面審理に切り替えてまで他の事件に優先して本件の判定を急ぐほどの状態でもないことから、審理を打ち切ったままにして請求者側の対応を見るのが一番適切な方法だとの結論になった。
(2) 原告は昭和四六年八月三日付申入書(1)で審理再開を申し入れたが、委員長は人事院としても検討中である旨回答した。
被告人事院は原告に対し、原告が審理の際使用した控室の使用料は原告が支払うべきものと何回も説明督促しているのに、原告はそれを支払わなかった。かえって、審理を再開するならば支払うと取引の材料にしてきた。
原告から被告人事院に対し、昭和四六年八月三〇日付申入書(2)、同四七年一月八日付申入書(3)が送られてきたが、人事院としてはその都度検討を行ったものの、申入書の内容を見ると、審理を進めるということにはなんら関係のないことをいろいろと書いてあり、審理が打ち切られたことについての反省が全く見うけられなかったため、未だ審理を再開しうる状態にはないと判断し、あらためて原告には検討の結果を連絡することは行わず、今後の原告の対応を見守っていくことにした。
(3) その後、昭和四七年一一月一日付申入書(4)、同四八年四月三日付申入書(5)が原告から人事院あて郵送されてきたが、人事院はその都度検討したものの、ますます実質審理に入れないとの感を強くし、原告には回答する必要はない、との結論を出した。原告は右申入書(4)で、委員会は今後の審理についてどのような検討をしたのかそ内容を知らせて欲しい、それを知らせないのなら原告が関与している裁判の証人に申請する旨書いて寄こし、現に神戸地方裁判所昭和四六年(ワ)第五四四号研究室使用妨害排除請求事件で委員長足立忠三を証人に申請した。
(4) 原告は、昭和四八年九月一四日付申入書にn円を同封しますと書いて、人事院に一円硬貨を郵送してきた。人事院はその趣旨をはかりかねてこれを送り返したが、原告は翌一〇月中旬、再度これを送付してきた。
(5) 右の一円硬貨が送られてきた直後、n本と名乗る男と石田と名乗る女性が人事院を訪れて、公平局長と足立首席審理官に面会を求めた。両名は請求者代理人の坂本守信と山本光代と判明したが、帰りぎわに生卵を一つ公平局に置いていった。
(6) 昭和四八年九月、原告本人から電話で審理再開について問い合わせがあったが、委員会の米村委員は、正常な審理ができることが明確にならないかぎり審理再開のめどは立たない旨回答した。
(7) 原告は昭和四八年一〇月一六日付文書で、審理の際原告が提出した代理人名簿を送って欲しい旨連絡してきたため人事院がそれを送付したところ、「この文書(写しを含む)はn円の<商品>券でもあります。」などと書いた文書を送ってきた。
(8) 請求者代理人であった乙山春子は、昭和五六年四月一八日付申入書で審理再開を要請した。これに対し人事院は原告に対し、同年五月一九日付文書で、原告が委員長の審理指揮に全面的に従い、誠実に審理に臨むということであれば、委員会はいつでも審理を再開する用意がある旨を回答した。これを受けて原告は、本件の第九回口頭弁論期日における本人尋問において、東京地方裁判所における昭和五五年以来の口頭弁論期日への参加の仕方がそのまま今後の人事院審理に持続する旨供述し、従前の態度を改め誠実に審理に臨むかのような態度を示した。
(9) そこで人事院は、原告及び処分者側と連絡をとり、前記1記載のとおり審理を終了して判定を行った。
以上のような事実を総合して考察すれば、被告人事院が本件審査請求につき、請求時から昭和五七年三月二六日付で判定を出すまで長期間を要したのは、当初の審理において、請求者たる原告及びその代理人らが、委員長の審理指揮に全く従わず、むしろこれに反抗して勝手な振舞に及び、時には審理をかく乱しようとする行為に出るなど、およそ真摯に審理を受けようとする態度とはかけ離れた極めて不真面目な態度で臨んだことと、その審理打切り後もかかる態度をとり続けるであろうことを窺わせるかのような常軌を逸した奇矯な行動を繰り返したりしたことから、平穏かつ実質的な審理を再開しうると判断できる状況が長期間整わなかったことによるものであって、その原因は右のように挙げて原告側にあるものと認められる。したがって、被告人事院が本件審査請求につき昭和五七年三月二六日まで判定をしなかったことにはそれ相当の理由があり、それについて被告人事院には何ら違法はないというべきである。
3 よって、原告の被告国に対する損害賠償請求は、その余の点について判断をするまでもなく理由がない。
三 参加人の参加申立について
1 参加人乙山春子の参加申立の理由は、同人外一名作成の別紙「{共同訴訟}参加・・・申立について」と題する書面のとおりである。
2 右参加申立の趣旨及び理由は必ずしも明らかではないが、申立の理由は要するに、参加人は本件審査請求の請求者たる原告の代理人であるから、本件訴訟の結果につきなんらかの利害関係を有する、というにあるものと思われる。しかしながら、参加人が本件審査請求の請求者代理人であったとしても、右事由は、それだけでは民事訴訟法七五条所定の「訴訟ノ目的カ当事者ノ一方及第三者ニ付合一ニノミ確定スヘキ場合」という共同訴訟参加の要件に該当するとは認められず、また、それ以外の同法上の訴訟参加及び行政事件訴訟法二二条所定の訴訟参加の各要件のいずれにも当らないといわざるを得ないから、他に特段の主張、疎明のない以上、本件参加申立は理由がないものとして却下を免れない。
四 結論
以上説示のとおり、原告の被告人事院に対する不作為の違法確認を求める訴えは訴えの利益が消滅しているのでこれを却下することとし、被告国に対する損害賠償請求については理由がないのでこれを棄却することとし、参加人の訴訟参加の申立は理由がないのでこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 近藤壽邦 鈴木浩美)
<以下省略>